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私は今氷河期ですが

はじめまして、21照明です。今回の作業場日誌、テーマは「舞台とわたし」ということでつらつらと書いていきます。 演劇たのしそー!という単純な思いからプリズムに入ったわたし。入ってみると、どの人も一生懸命に自分の仕事をやっていて正直「おもてたんとちがう。。」と思ったのですが、照明はなかなか経験できないことが多く出来るし、照明の仕込みが結構楽しかったので秋公演でも夏に引き続き照明でがんばることにしました。一方でせっかく劇団に入ったので、もし時間に余裕ができたら次かその次の公演では役者をやってみようかなあとも思ってます。 これ以上私についてあんまり書くことがないので、今私がいる今回公演が行われる駒場小空間の調光室についてでも書きましょう。駒場小空間にある調光室は照明の配電盤や操作盤があり、諸々の機械の故障を防ぐために部屋の温度は20℃と低めに設定されています。そして半袖でいるわたし。さみぃ。先輩曰く照明の待機場所はここらしいので次からは長袖を持ってこようと思います。ですが今日はないので今日は半袖でこの氷河期を乗り越えようと思います。 さて、今回の作品は『間氷期の終わりに』。プリズムらしさがでた作品になります。ぜひご覧くださいませ。

たのしい

初めまして 21舞台です。  今回のテーマは「舞台とわたし」ということで、まずはプリズムに入舎した理由をいくつか。  大きな理由としては、木材を使って舞台を作ったり、宣伝用の画像を描いたりできそうだな、やってみたいなと思ったからです。舞台や宣美の仕事は想像していたのよりずっと難しいけれど、ずっとずっとずっと楽しいです!  演技というものに触れてみたかった、というのも入舎した理由の一つです。日常生活でも演じなければならない場面がありますが、私はそれがもう下手くそで...   演技を近くから観たら何か変われるかなという安直な期待がありました。入舎後、役者の方々の演技を観て、本当に甘々な期待だったのだなと思い知ることになりましたが...    今回の公演では、舞台で叩いたり塗りをしたり、宣美でパンフレットを描いたりしました。塗りで服を汚しすぎて、もはや奇抜なファッションとして通用するかも(?)となったり、自分で決めた期日が厳しくて、起きて絵を描いて寝るみたいな日が続いたり、というきついこともありました。しかし、前に書いたように、何かを創っているのが楽しくて、汚れた服も座りっぱなしで痛い腰でさえもなんかいいなと思っています。やばいですかね…. やばいですね….. やばいな….  プリズムでの創作活動で一番大切にしているのは、作演さんが表現したいものをできるだけ表現する、ということです。当たり前のことですが。作演さんからやりたいことを聞いて、そこから結局作演さんは何を表したいのか自分なりに解釈して、その解釈を作演さんに確認して、こういう表現の仕方もありますよという案を沢山出して、その中から作演さんに選んでもらうかもしくは別の案を出してもらって、調整して、ということの繰り返しを丁寧にしたいです。こういうつもりで創っているので、作演さんにめちゃくちゃ連絡を取りましたし、次回以降もメンションしまくると思います。先に謝っておきます、すみません。(反省はしてない。)  こんなこと書いた後なので信憑性は全くないと思われそうですが、これからは座組みの皆さんにとってやさしいものを創っていきたいとも思っています。  今公演「間氷期の終わりに」は、お話も舞台もスケールの大きい作品です。今回の舞台の吊り物はなかなかに難しいタスクなのですが、個人的にはかっ

ダイレクトメッセージ>(自分)>せんびアイデアスレ>38件の返信

はじめまして。 21 宣伝美術です。今回は衣装と役者も兼任していて宣美の仕事があまりできていなくて恐縮ですが、一宣美メンバーとして書かせていただきます。 私は元々図画工作手芸などが好きで、そういう作業ができそうなサークルないかな〜と適当に探してプリズムに入るに至りました。結果として想定以上にわんさか作業をすることになったので入舎当初の自分の直感の鋭さと向こう見ずな感じがかなり恐ろしいですね。 テーマは「舞台とわたし」とのことですが、入舎理由がそんな感じなので、演劇に関しては最近ぼちぼち勉強を始めたばかりのど素人で語れることがたいしてありません。だからまずは自分にとってものをつくることがどういうことなのかについて少し書いてみます。私は絵を描いたり手芸をしたりしている最中、すごくのめりこんでいる瞬間があります。好きな題材だからとか得意な工程だからとかは関係なく、作業を始めるとつい一心不乱になってしまうようです。この制作に自分のぜんぶを費やしているという感覚が、好きなのかは分かりませんが、とにかくクセになっていて、それを味わいたくて今まで創作を続けてきました。宣美や衣装での仕事や、仕込み・バラシでもその感覚をがっつり摂取できていて、とても充実しているなあと感じます。これが自分にとっての創作の醍醐味だと思います。 でも舞台は、自分がキモチエエだけでは成り立たないんだということを役者を始めてから特に感じるようになりました。演劇という形でお客さんを招いてやるからには、観に来てくれた人を圧倒して、惹きつけてやまないような表現をするための工夫が各セクションでたくさんたくさん必要なのかな、ということを、ズブの素人ながら考えています。私にとってはそういう工夫を織り込んだプランをつくるのが一番難しくて苦しい工程です。今回の公演の宣伝画像のアイデア出しでも、脚本の世界観や雰囲気を十分に表現して、かつ Twitter で一目見て興味を持ってもらえるように…などなど考慮していたら「そんなもん描けるかってーの!!ばか!もう BABY になるしかない!ばぶー!」と気が狂いそうになりましたが、なんとかふんばって、他のメンバーやセクションのプランからインスピレーションを得てイメージをかため、納得のいくものを完成させられました。こんな風に多方面から刺激を受けつついろんなことを考えながら創

私にとっての舞台

 こんにちは、21小道具です。小道具です、と言いましたが小道具としての仕事はほとんどしていません。なぜなら役者もやっているからです。小道具としての仕事はあの、あれです、細長い形状で腕とかにパンッて叩きつけるとクルッて巻き付く反射板(正式名称あるんですかね、あれ)に白のビニールテープを貼り付けるだけでした。どうも、21小道具です。  今回の作業場日誌のテーマは「舞台とわたし」ということで私の舞台経験の話に移ろうと思います。私は劇工舎プリズムに入るまで演劇部等に所属していた経験はなく、人前で演技をするという経験も幼稚園のおゆうぎ会で「うさぎのお母さん」役を演じて以来です。なんか一言言いながら人参ジュースを差し出すしか出番のなかったこの時の話を深堀りしても何も出てこないので他に思い出そうとしても、中学の臨海学校の時のクラスごとの出し物で音響(ラジカセのボタン押すだけ)を担当したことしか出てきません。  こいつの日誌中身すっからかんじゃねえかと思われるのは避けたいので話を膨らますためにも一旦思考を演劇から離すことにしました。すると一つ思い浮かびました。私にとっての「舞台」の原点を。それはピアノです。何を隠そう私は中学2年生になるまで約10年間にわたりピアノを習っていました。ちなみに今は全く弾けません。  ピアノを習っていると必ずと言っていいほど経験するのが発表会です。かくいう私も毎年それなりにでかい舞台でピアノを披露していました。さらには中学生の時は合唱コンクールとかいうイベントで毎年ピアノ伴奏をしていました。これもそこそこでかい会場です。例えるなら大学の入学式を超える人数に見られながらピアノを弾くという、今の私なら「ぴいぃ~」という情けない声を出して卒倒し兼ねないほどの緊張を伴うイベントですが、私は結構楽しんでいた記憶があります。特に緊張に勝って自分の満足のいく演奏をしきった時のあの湧き上がる気持ちは今でも忘れられません。  演劇とピアノ、同じ舞台でも立つときっと感じるものは変わると思います。ただ、それでも過去の自分がピアノの舞台で感じたあの喜び、興奮、感動を演劇でも感じたいなと思っています。そのために今自分ができることは準備を重ねること、一生懸命に練習することだと思います。私が初めて演劇にがっつり関わることになる作品『間氷期の終わりに』。初心者なりにいい作品にしよう

やっぱり形になっていくのが楽しい

はじめまして! 21 の音響です 今回のテーマは「舞台とわたし」ということですが、 私は舞台に関わるのは大学がはじめてではありません   中学の時は演劇部に入っていました。ちょうど「幕が上がる」の映画が上映されていたころで、そんな青春をしたい!と思って入ったような記憶があります…笑 高校では演劇部には入りませんでした。中学の部活は楽しかったんですけど、大会があっても何が評価基準かが分からなくて、もやもやすることがあったので別の部活を選びました   大学では忙しそうだよな〜やめとこうかなぁと悩みに悩み、結局 7 月にプリズムに入りました。我ながら優柔不断ですね笑 どんどん舞台ができあがっていく楽しさが忘れられなかったから入ったんだと思う、たぶん どの舞台も「こうじゃなければいけない」はなくて、でも「こうしたらよくなる」を重ねてできていくんだなぁって まだまだ仕事を覚えるのに必死ですが、 大学の演劇ってこんなに色々自分たちでできるんだ!と驚きながら、 活動しています 『間氷期の終わりに』プリズムの「こうしたらよくなる」を詰め込んだ作品です。ぜひご覧ください!

舞台っていいなぁ…

 初めまして。21映像です。  今回の作業場日誌のテーマは「舞台とわたし」とのことで、現在、日誌に書けるほどいい感じのエピソードあったっけ??と慌てて頭の中の引き出しをひっくり返しています。着地点を見失ってしまったらごめんなさい。  実は、舞台を作る側に立つのはこれが初めてではありません。高校時代は演劇部でした。入部理由は「なんとなく」です。当時は特に演劇が好きだったわけでも、芸術に興味があったわけでもなく。結局は、友人の勧誘が入部の決め手だったような気がします。人前に立つのが苦手だったので裏方志望で入部したら、人員不足で3年間役者をやることになりました。世紀の大誤算だな、と今でも思います。  最初こそ半ば流されるように始めましたが、なんだかんだ舞台は好きです。ただ、具体的に舞台の何が好きなのか、自分でもよくわかっていません。いたる所で「舞台っていいなぁ…」と感じてはいるんですが、何がいいのかは漠然としすぎて何一つ他人に説明できません。なので、「なんで舞台好きなの?」とか「なんで演劇始めたの?」と聞かれると、だいたい答えに窮します。これといったエピソードも、大きい成功体験もなく、一体どう答えたもんかなぁ…と毎回悩んでしまいます。当面の目標は、自分は舞台の何が好きなのか理解することかもしれません。(ちょっと小学生みたいな感じがしますが)  最初に危惧していたように話がとっ散らかり始めたので、そろそろ公演の話で無理やり締めたいと思います。高校時代は役者をやっていましたが、プリズムでは映像の他に、照明、宣伝美術を兼任して、裏方のお仕事に関わっています。裏方の仕事はドが付くほどの素人なので、色んな方々に助けていただきながら、毎日新鮮に「舞台っていいなぁ…」と感じています。と同時に、いつかまともに仕事ができるようになるのだろうか…と震えてもいます。この公演中に少しでも役に立てるようになりたいなぁとは思うんですが、実際どうなんでしょうか…。公演が終わってみないと分からないかもしれません。  私が役に立っているかどうかは置いておいて、『間氷期の終わりに』本当に素敵な作品です。ぜひご覧ください。

偶然

初めまして、 21 衣装です。今回の作業場日誌、テーマは「舞台とわたし」だそうで。 トップバッター ( 多分 ) なのに申し訳ないのですが私は演劇とは全く無縁の人生でした。ステージに立ったり人前でパフォーマンスしたりという経験はありますが、演劇を観に行ったり演技をしたり、そういう知的で高尚な芸術は理解できないだろうと敬遠さえしてる部分もありました。 ( 今もそういう部分はありますが。 ) プリズムに入ったのは衣装が作れそうだなと思ったからです。私はファッションが昔からすごく好きです。中学生の時に洋裁にはまって、以後飽きっぽい私にしては珍しくずっと続けています。 1 人でやる趣味なのであまり他人と共有することがなく、サークルでできそうだと思い偶然新歓に参加したプリズムに入舎しました。洋裁もものづくりと捉えるならば、ゼロから作り上げる演劇サークルは今まで縁がなかっただけで意外と性に合っているのかもしれません。衣装は花形のセクションではないですが私は好きです。兼任してる舞台セクションも、不器用で迷惑ばかりおかけしている気がしますが楽しいです。 「間氷期の終わりに」、視覚的にも聴覚的にも美しいので是非ご覧いただきたいです。 21 衣装

やっと引退するらしい

今回のブログのテーマは「変化」だそうです。 私のここ3年ほどの駒場演劇生活で最も大きな変化は、やはり、所属する劇団が変わったことですね。(私を温かく迎え入れてくださった皆様、改めてありがとうございます。)とはいっても、所属セクションは変わらないので、やることは同じです。一緒に作業する仲間が変わったくらいです。 小屋入りをしてみたら、9時集がなかったり、ランスルーがあったり、テンション上げ(コール)の号令が舞台監督さんではなく役者さんだったり、、、細かな違いは結構ありました。でも、仕込んで公演をしてバラす、という流れはもちろん変わらないです。 もうすぐ当初の予定より1年遅れた引退なのですが、まったく実感がわいていません。今後も演劇に関わることが決まっているからかもしれないです。 結局、移籍しても、引退しても、あまり変わらないですね。 匿名希望(バレバレなのはわかっています)

美脚の蛇と走馬燈

更新遅れてすみません。。 引退に寄せて、稽古場日記で言いたいことは全部言い切ったつもりでしたので、ここからは蛇の体に足を生やした的な文章になります。 テーマは「変化」とのことですが、この世界の大体のものは変化を前提に存在していますので、私とプリズムと変化について言えることも山ほどあります。 「最初」を思い出してみましょうか。 2017年10月2だか3だか、高校2年生の私は模試の勉強をしなさいと怒られて、でも志望校も決まってないのに勉強に集中できるか!と反発していました。 反発心のまま何となく担任に薦められたお茶大のHPを開いて、折角だからとサークル一覧を覗いてみました。魅力的なサークルを見つけたら勉強のモチベーションになるかと思ったんです。 「劇工舎プリズム」の文字が私の目を惹きつけて離しませんでした。他の団体とは一線を画した(←双方において悪い意味ではない)甘美な響きに連れられ、そのままプリズムの公式HP(まさにここです)に飛びました。 HPでは直近の公演のチラシの画像がウェブのトップに表示されますよね。その時は美しい桃色の夕焼けの風景が大きく描かれたチラシでした。残念ながらそのチラシの公演は終わったばかりで見に行けなかったのですが、それを見て、私はここに行くんだなーと漠然と思いました。演劇自体のことはこの時点で何も知りません。時折稽古場日記なるものを閲覧し、ほへぇと思うだけでした。 奇跡的に大学に合格した私は、演劇をやるためというより、劇工舎プリズムに入るために門を叩きました。私が新歓イベントや行事(みなとみらいでのBBQとかを含む)に意地でも参加しようとしていたのも、1夏で毎日小屋入りしていたのも、とにかくプリズムに従事したいみたいな欲があふれて止まらなかったからでした。 新歓で、役者と宣美に興味があると話しました。直感でしたが、嘘偽りのない申告だったと思います。私は主に役者兼宣美として、他のセクションも漂々としながらプリズムで活動することになりました。 こんな感じで、完全に形から入ったので、中身が追いつくには相当時間がかかります。引退する今になっても色々なものが追いついていません、ごめんなさい。 役者としては、観劇しても何も感じない(感じた事を自覚できない)、面白いとは何なのかがわからないみたいな壁にぶつかり、宣美としてはIllus

取り敢えず

日誌を書くの久しぶりすぎて過去イチ書くことが浮かばないし,明日テストなので,手短に. テーマは「変化」らしいですが,そもそも大学2年間で自分はさほど変わっていないように思えます. 結局自分は演劇人ではなく舞台屋で,もっと言えば,何かを作りたいエネルギーをたまたま舞台芸術に振り下ろしただけです.別にそのことを後悔していないし,そのスタンスにおいて自分は(というかプリズム舞台屋は)最高の仕事をしてきたと思います.当然,それは同期先輩後輩他劇舞台屋と一緒だからできたことで,何というか,いい職場だったなぁと思います.本当に感謝しかない. そんなこんなで引退します. 少なくともあと4年弱は大学にいると思うと,サークル引退してからが学生生活本番だなぁとか最近思います.まあ急に方向転換するのは良く無いので,残り火のようにちょくちょく演劇は続けます,多分. 自分にとってはプリズム ≒舞台なので,叩きとか仕込みとか行っている限り引退の実感はいまいち湧かないと思うし,現にあと数日で引退だけどあまり感傷がない. とりあえず一区切り,って感じです. 19舞台 杉原

【稽古場日記更新】なにこれ

テーマ、「変化」だってさ。変化、とは?? 僕の身の回りで変わったことなんて幾らでもあるじゃあないか。でもさ、変わらないものってあるじゃないか。そういうところが、人生で大事になってくるんじゃないかって。そういうこと。 最後だし、どうせなら釘を刺しておこう。 プリズムの作演は、立候補者の中から座組みの投票で決める。だから立候補するのはやる気さえ有れば自由だ。なんだけど、そうするとさ、なんだか最近そのシステムが、よくわからなくなって、立候補しなかった。どうやら、あれはやる気のない人がやっちゃいけないやつらしい。 作演会議に向けたレジュメは実は書いてあって、あとは出すだけってとこまでだった。見た感じ他の人のどんなレジュメよりも完璧だなあとは思ったし、傲慢だけど俺が出せば俺が作演になるんだろうなあなんて思ったりもした。でもじゃあ俺が出さなかったらどうなるだろう?既に僕よりもやる気だけはある立候補者が何人もいるし、彼らのうち誰かが作演になるだけだ。それで良いじゃないか?「作演なんて誰でもできる。」だからこんなシステムなんだろうか。経験者から言えばたしかに作演は誰にでもできる。専門的な知識は何一つ必要ない。そういう点で言えば、それよりも、制作チーフたる俺にしかできないことがある気がした。 僕は今、5セクションを兼任しながら優雅なプリズム余生を送っている。幸せなことだ。僕のプリズムの変わらぬ原点は、確かにここにあった気がしている。 19 池松

シュウカツ

人間というものはシュウカツとやらをしなければいけないようである。全ての人間が平等経験するそれがやってくる前に準備が必要らしい。 実は人間である僕もやってみることにした。もっと早く始めておくべきだった気もするけど、何事も遅すぎることはないのだと自分を奮い立たせる。 シュウカツに際してまず何をするべきなのか? ネットで検索をかけるととりあえずノートをつけ て自分史なんかを書くと良いらしいことが分かった。 という訳で自分史 2019年4月 新歓期、比較的忙しい組織に所属しないと自分は腐ってしまうという懸念から演劇団体に目をつける。プリズムに入った理由やセクションの希望理由は今でも会話の話題になることがあるけど、「先輩が可愛かったから」と答えている自分はつまらない人間だと思う。 2019年10月 この頃から自分の関心は演劇からセクションの仕事自体に移っていたし、それは今でも変わらない。でもちょっと後悔もしている。 2020年2月 実はこの時は割と燃えてた。新人公演が近いというのもあって、他の劇団を意識しているところがあった。今では良い思い出。 2020年3月 楽観視してたね。まあみんなそうか。 2020年10月 失っていた再び熱を取り戻す。でも自分本位だった。 2021年1月 なんとなく満足する。自分は満足の沸点のようなものが低いのだと悟る。この頃から引退を待ち望んでいた。 現在 キャンパスに行くと昔を思い出す。眠気を堪えながら始発を待っていた僕も今では終電を逃さないようにそそくさと帰る。でも今も悪くないとは思う。 ここまで書いて一人称が「僕」であることがやっぱりキモい。やっぱり俺は「俺」だし、あんまり変わってないと気づく。俺はちょっと尖りたいけど結局不器用で真面目で、でもものぐさだからツメが甘くて、他人が面倒だけど気になって仕方なくて、プライドがちょっと高くて、怖い話とようかいが好きな奴。 変わったことと言えば、照明が好きになったことと友達が増えました。俺はshyだからあんまり誘えないけどこれからはもっと遊びに行きたいですね。あと学生演劇も多少は好きになったかな。でも演劇自体はそこまで好きにはなれなかったわ。すまん。 気づけば余命もあと僅かみたいなので最後ぐらいはビシッといきます。自分のすべきことを全うしてバイバイしやす。 という訳でプリズム人生の終活でした。 一応言って

読み流してください

はじめに保険をかけるようですが、文章書くの得意じゃないです。なのであまり読んで欲しくない…と思いつつ、せっかく書くんだから読んでほしいかもとか、 ( 僕は口数が少ない方なので ) こいつどんなこと考えてるんだろって興味持ってくれる人いないかな、とか思ったりもするので、あいだをとって読み流してください。   テーマは、「変化」かあ。うーん。 Twitter とか SNS 系全くやってないので、こういう場で何を発信すればいいかわからない…。だから書きながら思いついたことを書こうと思います。   Twitter といえばみんなやってるけど、なんで僕はやっていないかというと ( ってこれ関係ないかも。でも思いついたことだから書いちゃお ) 、そんなに投稿するものがない、それだけです。そういうのってたぶん、自分の趣味とか結構なんか自分をアピールするようなこと書くと思うんですけど …( ほんとに知らないので勘違いしてたらごめん ) 。一方で僕は普段からあんま自分のこととか積極的に話さないし、自分のこと興味持ってる人とかいるのかって思います。ちょっと言い過ぎたかな。普段はこんな暗い感じじゃないです。むしろいつもニコニコしてるってよく言われます。それってたぶん口角が勝手に上がっちゃうというか。知ってる人ならなんとなく言ってること分かると思うんですけど。それは置いといて、何が言いたいかっていうと僕は自己主張するのが苦手で、だからちゃんと自分のことをアピールできる人にすごく憧れます。ちゃんと自分の個性出せる人が成功すると思うんですよね。僕もそういう人間に変わりたい。   僕って書いて気づいたんですけど、別に文面で書いてるから僕って呼んでるわけじゃなくて、いつも自分のこと僕って呼んでます。まあ知ってる人なら分かるか。でも 21 の人もみてくれてるかもしれないし。普通は俺って呼ぶ人が多いと思うけど、なんで僕って呼んでるのかっていうと、特別な理由はありません。ただ男の子って小さい頃は自分のこと僕って呼んでて、中学生、いや小学生のときぐらいから俺って呼びはじめてたと思うんですよ。いや違ったかなー、最初からみんな俺って言ってたっけ。まあとりあえず僕は昔から自分のこと僕って呼んでて、それでいつの間にか周りがみんな俺になってて、タイミングを逃し

は?

 昔から、目は良い方でした。    ごめんなさい、半分嘘です。小学1年生のときに初めてやった視力検査の結果は「0.6~0.9」でした。眼科での追加検査では【乱視】と診断を受けて眼鏡を処方されたのですが、正直その意味もよく解らないまま数年後には「もう眼鏡はいらない」と言われて裸眼になりました。既に視力検査は慣れたもので、視力は両目1.25でした(病院なので1.0を超えて測ってくれます)。もっと目の良い人、片目だけ異様に視力が高い人も割とよく見るのであまり自慢にはなりませんが、それでも毎年の眼科検診で安定して【A 1.0以上】を出し続ける自分の目は誇りです。しかも、幼い頃からゲームやらPCやら色々触っていたせいか分かりませんが、一般的に目に悪いとされるディスプレイに長時間触れても全く疲れが出ません。凄いと思いませんか。18時間ゲームしても、10時間勉強しても、全くへこたれない目。いいでしょ。  最近、目が悪くなりました。  は?  19映像 小島 そういえば、引退公演らしいですね。は?って感じです。

つよつよになりたい

高校一年生の時、部活で皆がやりたがらない役職につく人を 1 人選ぶ場面がありました。私は他にやりたい役職があったのですが ( そっちをやりたい気持ちは誰にも負けない自信があった! ) 、誰もやりたがらないし、 1 人出さないと先輩を困らせちゃうし、客観的に見て私がやるのが一番妥当だよなーと ( 主観的に ) 思った私は黙って立候補し、その役職につきました。半年ぐらい。そこで心の中までスパッと割り切れたら強くて優しい子だったんですけどね。当時の私は、立候補したのは自分だと頭ではわかりつつも悲劇のヒロインぶって 1 人めそめそし、でもみんなの前では平気な顔で仕事をして、でも誰か 1 人ぐらい気づいてくれないかなと心の中では思っている … という、面倒臭さを幾重にも折り重ねたような人間でした。 ( 今この文章にも未練がたらたら溢れていて、キモい! ) 良くも悪くもこの一件が教訓になり、それから折に触れ「今の私は高 1 の頃とは違うでしょ?」と自分に言い聞かせることで一応良い方向に選択を重ねることができるようになりました。でも行動を変えてみても内面がついてこないというか、自分の選択に自信が持てない。良い選択をできても誰に対してだかわからない申し訳なさがずっとある。プリズムに入った頃の私はそんな感じでした。 しかし最近、今の私はその頃とは一味違うぞ、変わったぞと思います。やりたいことを自信を持ってやりたいと言うのを、頑張っています。 いや、正直今も 90% 位は弱くて卑屈な私のままだし、自分が願望や意思を口にすることで人に迷惑をかけるのもぶつかるのも傷つくのも傷つけるのもめちゃめちゃ怖いです。たぶん今までの私はその怖さに向き合わずに済む方を選び、申し訳ないと思うことで責任から逃げていたのだと思います。 ( しかもそれをやさしさだと勘違いしていた!いやなやつ ) でもやっと、勇気を出してその恐怖と手をつないでやっていこう、そうしてみたら案外楽しいかもと思えるようになってきました。 この心境の変化が起こったのは、プリズムに入り好きなものを好きだと言える人、自分の言動に伴う責任から逃げない人、色々なことに飛び込んでチャレンジしている人、やるべきことを割り切って立派にこなしている人、大変な状況にあっても努力をやめない人、好きなことやりたいことへの情熱を絶やさない人 … そういう人たち

気づいたら引退

 お久しぶりです。気づいたら3年生になっていた19の眼鏡です。じゃなかった、角田です。  もう引退だそうです。はやいね。この前新公した気がするよ。  今回のテーマが「変化」ということですが、何を書けばいいのか思い浮かばず、3日という時が経過しました。今日締め切りじゃん。どうしよう。  色々と考えていたのですが、ここ一年私は「変化」という言葉から離れて生きていました。三大随筆で有名な方丈記には「ゆく川の流れは絶えずして」なんてフレーズがありますよね。世の中は絶え間なく流れ、変化していくものなのだと。そんな中でで自分一人だけがどこかに引っ掛かって止まってしまっているような、そんな一年でした。おかげでエントリーシートのガクチカネタがありません。自業自得です。後輩ちゃんたちはこういうことにならないように気をつけてほしい。行動を起こさないと人間は腐ります。  変わるのって怖いけど変わらないといけないなと思う今日この頃。気づいたらお酒が飲める年齢になってますしね。変われないと開き直るのはまだまだ未熟。いきなり変わるのは難しいから、昨日の自分より少しずつ変わっていきたいです。  余談ですが今日は私が一番好きな漫画の連載10周年記念日なんですね。とてもめでたい。色んなことが変わっても、好きなものを好きだと言える自分だけは変えたくないかな、なんて思います。  プリズムとしての最後の公演、残った時間は少ないけど悔いのないよう大好きなみんなと一緒に頑張りたいな。  公演が終わると就活に本腰いれないといけないので何も変わらずこのまま時間が止まっててほしい言ってることが矛盾してる角田

トップバッターおろされた

こんにちは、新人公演で制作チーフをしている西山と申します。締め切りが 5 日前だったこの日誌を慌てて書き始めているところです。 Web さんまじでごめんなさい。本当は今公演のトップバッターの予定だったのですがとっくに他の人の日誌が先に上がってますね…当たり前か。   今回のテーマは「一年前 ( 入学前 ) の自分に伝えたいこと」だそうです。この日誌を読んでくださる人の中にはこの春から大学に入学する方もいるでしょうから本気のアドバイスをしますと、「どんなタスクも早いうちにやっておけ」ですね。   え?特大ブーメランじゃないかって?…そうです。私はちょくちょく仕事を後回しにしてしまう人間です。けれども「早めに仕事をする」がちゃんとできていればもっと大学生活が充実していた気がするので、その反省を踏まえてアドバイスをしたいと思った次第です。 (まあ今回の日誌はあまりに遅れすぎですけどね…普段は流石に〆切には間に合わせてますよ!)   高校生と比べて断然自由で様々な活動ができる大学生は、学校の課題なんて気にする余裕があまりありません。思い出しちゃうと気が重いのですぐ忘れますしね。「レポートはもうちょっと内容を練ってから書き始めよう…」とか適当に理由つけて後回しにしたりもします。こんなわけで私を含めただらしない大学生たちは課題のことを真剣に考え出すのが提出日前日になります。ただこの提出日前日の精神的な負担がめちゃくちゃ大きいんですね。今まで見て見ぬ振りしてきた時間が長ければ長いほど課題への嫌悪感も大きい。時間がないから焦りもやばい。徹夜必至でその後数日生活リズムが崩れる…という最悪な流れになってしまいます。   一方早いうちからやっておけばほんとに楽です。余裕を持って取り組めるし見直す機会もできて完成度も上がります。そしてなんと言っても早めに終わらせたという達成感と優越感がたまりませんからね。   「早めにやる」ができると精神衛生の向上、周囲からの信頼、それなりの成績、その他諸々をゲットできると思います。 学校の課題でもサークル内での仕事でも、タスクが発生した瞬間からにでも取り掛かりましょう。     伝えたいことは伝え終わりましたが、もう少し長く書いた方がいい気がしますね…ここからは勝手にテーマを変えて「最近西山がハマっているもの」について書くことにします。この日誌は書き手の

もしかして……

20Webです。 普段はTwitterにいます。いいねやRTをしてくれるととても喜びます。 さて、今回の作業場日誌のテーマは「一年前(入学前)の自分に伝えたいこと」。自分でテーマを設定しておいてなんなのですが、本当に書くことがない…… 後悔していることがないわけではない(あのときああしておけば、みたいなのは無数にあります)のですが、この記事を書くにあたってここ1,2年間を振り返ってみると、当時の自分が右往左往して人生の迷子していたからこそいまの自分がいる、みたいなありきたりなことを実感しました。そういう意味では、過去の自分に伝えたいことがない、というのはいまの自分に満足しているからこそなのかな、なんて思います。 というか、高校から大学に上がって1,2年程度たったくらいでは、人間そんなに変わらないような気もします。なので、いまの自分が過去の自分に講釈垂れるのも、なんか違うなあという。やっぱり、テーマが良くなかった……?

意外と

20照明です。今回のテーマは「一年前の自分に伝えたいこと」ということで去年の今頃を思い出してみると、ひたすらこれから始まる大学生活に不安を感じていたような気がします。10月半ばに入試が終わってしまった私は、3月になる頃には合格時の喜びを忘れ大学生活への期待感のようなものを完全に失っていました。 まず不安だったのは、学力試験を受けていないため他の人と学力差があるのではということです。自分だけ授業についていけず単位が取れなかったらどうしよう…と心配していました。実際に授業を受けてみると、確かに周りは賢い人ばかりでしたし内容が難しい授業もありますが、幸いまだ単位を落とさずに済んでいます。今のところ意外と授業を楽しめているので、心配し過ぎだったかもしれません。 もう一つ不安だったのは、人と関わりを持てるのかということです。コロナウイルスの影響で入学式を始めとする新入生向けイベントが中止になったことに加えて、私はもともと人見知りなので誰とも仲良くなれないのではと思っていました。しかし、授業などを通して気づけば友達ができていましたし、勇気を出して入ったプリズム(と兼サー先)でも多くの人と出会うことができました。改めて考えてみると意外と色々な関わりを持てているので、これも杞憂だったなと思います。 まとめると、私が去年の自分に伝えたいことは「意外と大丈夫」ということです。心配事の大半はなんとかなっているので、去年の私には貴重な春休みをもっと楽しんで欲しかったと今は思います。と言いつつも、今は2年生になることへの不安でいっぱいなので、来年の私に「今年も意外と大丈夫だから春休みを楽しんで」と言われてしまうかも知れません。 20 照明・制作 今井花

調理実習でカンピロバクターになるくらい家事をしたことがなかった私へ

こんにちは。 20 舞台です。 作業場日誌初めて書きます。先に言っておきますが、私は文章が下手くそです。ご了承ください。 今回のテーマは1年前の自分に伝えたいことということなんですが、自分への手紙をダラダラ書いたところで読む価値ないと思うので、1年間一人暮らしをしてみて気付いたことを5つ書きます。 1つ目、 100 均の料理グッズは神です!  料理の手間と時間を省いてくれるものが多くて本当に助かります。2つ紹介します。 ①レンジで目玉焼き作れるやつ  私は卵を割って1分半チンしたら目玉焼きが作れるってやつを買いました。味は全然問題ないし、油を使わないのでヘルシーで洗い物が楽です!ただ形は綺麗に作れないです ( 私の問題? ) 。床にでも落としたんか?ってかんじの形になります。インスタ映えには向いてませんね。でもそれ以上に利点があるので!良いです!! ②レンジでパスタ茹でれるやつ  容器に麺と水を入れて、指定時間チンしたらパスタができるよ!っていうかんじのやつです。これマジで楽です。お湯沸かす必要ないし鍋洗う必要もない。手順通りに茹でて、あとはテキトーに味付けしたら食べれます。時間ないときにオススメです。  ちなみに、マヨネーズとめんつゆと粉チーズをいいかんじに混ぜたらカルボナーラ風になります。めっちゃ簡単なので、食にこだわりがない方は是非。 2つ目、食器はガラス製じゃなくて樹脂製がオススメです。それか 100 均の安い食器。  割れる度に悲しんでたら一人暮らし辞めたくなります。結構ガサツに置いても傷一つできない物が良いです。  あと耐熱容器とかタッパーとかは便利です!平日忙しくて料理できないときは、土日に1週間分作り置き作ったりしてたんですが、タッパー大活躍でした。 3つ目、生ゴミは蓋付きのゴミ箱に捨てるべきです。  におい籠るの嫌なのでご飯食べた後に換気するんですけど、網戸の網目より小さい虫なんてこの世にはいっぱいいることを知りました。夏は地獄。でも、ガッチリ密閉してくれるゴミ箱に捨てるようにしてからは虫問題解決しました。  私はまだ G とこんにちわしてないんですけど、殺虫剤は常備してます。殺虫剤というか冷却スプレーみたいな。凍らせてる間にトドメを刺します。蜘蛛とか逃げ足バカ速いので、スプレーかけまくってます。一瞬で凍りますよ。蜘蛛は G の卵を食べるから殺さな

【お詫び】作業場日誌に関するお詫び

 20映像です。  本当に申し訳ありませんが、今回作業場日誌を執筆することができませんでした。関係する皆様方には深くお詫び申し上げます。  と言って終わりにしてしまうのもどうかと思うので、この場を借りてその理由を申し上げたいと思います。ご興味のない方は今のうちに読むのをやめることを強くおすすめします。  そもそも、私は日記を他人に見せるなどということはできればしたくありません。(厳密には日誌ですね、すみません)  もちろん「日記」と一口に言ってもいろいろな種類がありますし、最初から人に見られることが前提であるものもあります。中には名作や古典なんかになって、長い年月たくさんの人に読まれてきたものも。現代ではnoteが人気を博していますし、コロナ禍もあって自分を見つめ直すことができる日記がブームになっているとも言われています。  そんな様々な「日記」全体に共通しているのはやはり、書き手が日々の暮らしの中で考えたことや感じたことが綴られている、ということでしょう。それは、普通ならその人の胸の内でわだかまりながらもやがて溶けてしまうありふれた思いであるかもしれませんが、日記として記録され他人に読まれることで、共感や発見を生み出すこともあります。  ですが私に限って言えば、別にそんなことをしたいとは思いません。というかしたくない。私の散漫かつ愚昧な思考が他人の目に触れるのは避けたいし需要もあるとは思えないのです。だからSNSはほとんどやったことがありませんし、たまに友人から「Twitterやったら?」とか言われると毎回「不特定多数の人に自分の投稿が見られるんでしょ?! 怖くない?!」などとおばあちゃんのようなことを言っています。  じゃあお前なんで演劇なんかやってるんだよという感じですが、私は自分の思っていることを率直に言葉にするのが苦手なのであって、表現すること全般が嫌いなわけではありません。むしろ、はっきり言葉にできない代わりに絵とか音楽とか小説とか、それこそ演劇とかで遠回しに何かを伝えるのはわりと好きです。  とにかく、私は日記を人に見せたくないしこういうブログ的な文章もなるべく書かずに人生を切り抜けていきたいと思っていました。プリズムに入ったらこういうものを書かなければならなくなるとは露ほども知らなかったのです。  そして今回のテーマである「